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  My Computer Life  

私がコンピュータと関わりをもったのは、ローカルのハム仲間が導入したことがきっかけになり、コンピュータの世界に入り込んだ。
昭和50年代初期だったと思う。

当時は、秋葉原まで車で行き購入した、富士通のFM77D2というパソコンが最初だった。価格で30万円ぐらいしたと思う。いま思えば高い買い物だった。
言語はBASICで、雑誌に載っていた音楽のプログラムを数多く入力したのを覚えている。ワープロは今のワープロソフトとは比べ物にならないが、ソフトの名前は忘れたがそれらしきのがあった。
しかし、なにかのソフトを作ったりというものではなく、単なる大人のおもちゃ感覚だった。

次に購入したのが、Epsonの型名はPC-286だったか定かでないが、MS-DOSの世界に入っていった。
この頃に、仕事の関係でデータベースソフトであるdBASEVというソフトに出会う。このソフトにはのめり込んで勉強した。全くの独学なので買い込んだ参考書は山積みの状態。

自宅でも主に仕事関係の開発に専念した。勤務先の古いオフィスコンピュータを廃止し、これまで担ってきた業務の一部をパソコンに移行するもので、給与ソフトは市販のものに移管したが、それ以外のものは独自に開発することとした。
ひとつはかなり大きなシステムであり、モジュールとして約100個近いファイルだったと記憶している。一番苦労したがそれなりに稼働にこぎつけ、使い勝手はプロのものとは比較にならないが数年間実働した。

今のAccessとは違い、プログラム(コード)そのものを1行づつ打ち込んでいくものである。思い通りの動きや計算がされないなど、試行錯誤の連続で、あっという間に夜もふける。しかし、長い時間考え込んでいると何とかヒントが見つかるものだ。それでも思い通り動いたときの感動はうれしいものがあった。

次は、NECのPC-9821Xeであり、初めてWindowsの世界に入る。OSはWindows3.1で、MS-DOS主流の者にとって新たな試練を強いられた。
画面ひとつとっても今までの概念を変える必要があった。ただ、MS-DOSをまだ継承していたので、その点は救われた。
その頃のワープロソフトは、MS-DOS対応の一太郎、表計算ではロータス123を主に使った。ロータス123では関数やマクロに興味をもち可能な限り自動化?を図る。

まもなく、Windows95が発売され、爆発的な人気を博した。当然にこの機種にもデュアルブートで組み込んだ。またまた、新たな機能に戸惑いを強いられる。
ここで、参考になったのが日経BP社の日経パソコンである。定期購読でさらに新しい知識を得た。

さらに、CPUもPentiumが主流となり、速さや機能を求めるメーカーの開発がしのぎをけずり、購入にも躊躇する。

ここで、マニアックなProtonのDS-200Sなるものを購入した。Pentium200Mhzで2ndキャッシュが256Mhzというもので、当時としてはメーカー製よりひとつ上のスペックだったと思う。また、スピーカーもBoseのものを使うなど画期的であった。インターネットに接続したのもこの機種からである。
現在は部品取りと無残な姿になってしまったが、一番長く使用し、活躍した機種でもある。

息子もパソコンを購入して、独自にプロバイダ契約したとのことで、経費の無駄と寒さや暑さで私の離れに行くのも億劫になり、家庭内LANを組むことにした。

ツイストペアケーブル(LANケーブル)を100m買ってきて、屋内配管に通すが、ケーブルが太いこともあり、なかなか大変だったが、一応各部屋に配線した。ダイヤルアップルーター、LANカード、スイッチングハブなど経費は3万ぐらいで収まった。

ただ、私宅への電話回線は、辺ぴなため(自分でそれほど辺ぴではないと思うのは私だけか?)、ISDNが精一杯で、ADSLどころか光などつながるのは程遠い。

まさに”ITへき地”。
NTTさん、こんなに光やADSLを推進しているのに。(TVのコマーシャルを見るのがうらめしく感じる)
ガンバッテ早く引いて下さ〜〜い。
(現在は光になりました)
オークションでSONYのPCV-RX71Kなるものを導入した。OSはWindows2000で、このOSは初めての経験である。さすがに処理速度は今までの比ではなく、経験したことがない体感速度を感じた。
テレビも見られるということで、早速TVケーブルも配線した。
大量のデジカメ画像でハードディスク80GBでは心細くなり、新たに内臓の120GBを増設。現在は、250GBに変更。

さらに、エプソンダイレクトのNT-5000なるノートを手に入れる。もちろん中古で、マニアックな面もあるが、Pen.4 1.6Mhz Windows XP pro.でスペックはまずまず。ハードディスクは60GBに交換する。いまは160GBに変更。居間に置きっぱなしでこっちがメインになり代わっている。
最近、エプソンダイレクトのPro‐600Lなるタワー型のものを無償で手に入れた。ペン3だが完動品。これを大改造、OSは98SEからXPに、グラフィックボード、メモリ、DVD、ハードディスクなどなど、原型を残すのはケースとマザーボードぐらい。大量の写真データのバックアップに使っている。
コンピュータの世界も動きが早く、CPUをはじめメモリー、HDDなど以前のイメージを抜け出ないなか、ついていけなくなってきた。

OSもVISTAからWindows7、最近ではWindows8に進化してきた。しかし、私はいまだにXPが主で1台だけVISTAだ。
メモリーも数メガを搭載できるようになったのも驚き。

現在、ホームネットワークで5台のパソコンを繋いでいるが、写真のファイルが膨大になり、HDDも2TBに増設しただけで、上を見ればきりがないのでほどほどのスペックでがまん。欲しがらなければ何とかこなしていけるようだ。

 

  About Working  

どこもかしこもホームページということで、勤務先のHPを2000年9月に立ち上げる。

現在は2代目の方が保守している。当初から比べればコンテンツも編集技術もかなりグレードアップしている。
現在は、ときどき閲覧し、内容の注文(イヤミ?)を出しているが、後継者の問題もあり、そろそろ外注も考えなくてはいけないかもしれない。  http://www.ja-shionoya.or.jp/
Accessも奥が深いが、覚えるとかなり仕事には有効だ。いくつか業務用に作ったが、それなりに開発に時間がかかるし、あとのメンテナンスが必ず出てくる。
ソフト業者みたいに開発、設計ドキュメント、マニュアルなどがあるわけでなく、時間が経つとどう組み立てているのか忘れてしまい、管理できなくなるデメリットはある。
2001年から社内LANの構築に携わる。当方、ネットワークの知識は乏しいが、メーカーと一緒にやっていくうちにいくらかは理解できた。
当初は100台ほどでスタートしたが、現在、遠隔地も含め約200台のクライアントが動いている。サーバーも2代目となり、回線も128kからADSL、光とグレードアップしている。この仕事も、現在は離れている。